運転を哲学する男 小林眞のコラム 32 歩行者保護 その6

(前号から続く)

検挙ではなく、指導警告で新しい交通環境を創り出すことができるのであれば、指導警告活動こそが正しい警察活動です。

しかし、毎日20人のドライバーに警告したとしても、それによって運転行動を変化させてくれるドライバーは、おそらく1人にすぎないでしょう。一方、検挙されたドライバーは、検挙されたことに驚き、時に怒り、二度と検挙されないように運転行動を変化させてくれます。そして、5人の友人・知人に向けて、横断歩行者妨害が違反であり、管内では積極的に検挙されている現状を伝え、それを聞いた人が3人に伝えてくると仮定すれば、1件の検挙は約20人のドライバーの運転行動に変化を促すことが期待できます。

検挙活動による1件が約20人に伝わるとすれば、毎日10件、1年間で免許人口の1.5%を検挙することで約30%の事故、歩行者横断中の事故を減少させることができるはずなのです。

 

交番の勤務員は朝の9時に交代し、担当幹部は前日の結果を整理して署長室に報告に来ます。管内を5のブロックに分け、それぞれ2件の検挙を指示していましたので、必ず、ブロックごとの歩行者妨害違反の検挙状況を確認しました。雨が降っても0件はダメだと指摘する一方で、4件も多すぎてダメだと指示していました。

管内全体で、朝夕を問わず、交番の制服警察官が検挙活動の姿を見せることによって、検挙の噂を聞いたドライバーの運転行動も変化していくはずです。

毎日10件弱の検挙を続けた結果、1年半後、検挙件数は管内運転免許人口の約1.5%になりました。そして、交通事故件数は、歩行者の事故、横断中の事故、子どもの事故のすべてについて、約35%も減少していました。

この結果は予想以上であり、偶然なのだと思いました。交通事故防止対策、その取締りと事故の減少との関係は、常に時差・偏差・誤差が存在するからです。

そんな結果が確認できた頃、先の記者が署長室に来ました。

「お見事、すごいですね。しかし、1件の検挙が20人の運転行動を変化させ、歩行者の事故を20%減少させるなんて、何か根拠はあったのですか?」

私は答えました。「そんな根拠、あるはずがない。私のハッタリです。でも、それ位の可能性を示さなければ、警察官の取締活動も気持ちが続かないし、市民の理解も得られません。

しかし、交通事故の減少という事実、結果が出たのですから、大切なことは、これから10年以上続けることです。

私は間もなく退職していなくなりますが、これからも見ていてくださいね。それがマスコミとしてのあなたの仕事です」

 

(次号に続く)

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